大判例

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東京高等裁判所 昭和49年(ツ)50号 判決 1975年10月30日

上告人

今福真之助

右訴訟代理人

高木康吉

外一名

被上告人

中山庄司

右訴訟代理人

佐藤実

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告人訴訟代理人は原判決を破棄して相当の裁判を求めるというのであり、その理由は別紙のとおりである。

上告理由第一点について

原判決の挙示する証拠によれば原判決認定の事実はこれを認定するに足り、その間所論の違法は存しない。論旨は原審の専権に属する事実認定を非難するか、原審の認定しない事実を前提して独自の主張を試みんとするものであつて、採用しがたい。

上告理由第二点、第三点について

原審の適法に確定した事実によると、戸井田博(以下戸井田という)は自己の事業資金を第三者から借受けるにあたり、上告人が原判決目録記載の田(以下本件田という)を担保として提供することを承諾し、その担保方法として、上告人が戸井田に本件田を売渡した形式をとり知事の許可を条件として所有権移転仮登記をし、戸井田が右仮登記上の権利を岡直一(以下岡という)に移転する方法で岡から金一五〇万円を借受け、戸井田が岡に対し弁済期にその貸金債務を弁済しないときは岡が本件田を売却して弁済を得られる旨約定したが、戸井田がその弁済をしなかつたので岡が被上告人に本件田を売渡したというのである。農地を担保として金員を借受ける方法として、売買の形式を借りて仮登記をすることは、知事の許可を条件とする点で通常のいわゆる仮登記担保と異なるが、知事の許可は法定条件で真正の条件ではない上、担保権実行の際に知事の許可を最終的に必要とするだけで、それまでの過程での仮登記による担保権設定の点では通常の仮登記担保権と異なるところがない。したがつて、農地売買の形式を借り知事の許可を条件として仮登記をする担保権設定の方法は、また、通常の場合の仮登記担保権(最高裁昭和四九年一〇月二三日大法廷判決参照)と同様の性質を有する仮登記担保権であると解するのが相当である。したがつて、仮登記担保権者は貸金債務者が弁済期に弁済しないことによつて弁済のため目的不動産の処分権を取得するところ、右の認定のような事情のある場合は処分清算型のものとみられるから、処分代金中から自己の貸金債権の弁済を受け、残余の金員を債務者に清算金として返還すべきものである。本件では、戸井田は上告人から仮登記担保権を設定する方法によつて物上保証を受け、この仮登記担保権を岡に移転して岡から金一五〇万円を借受けたが弁済しなかつたため岡がその仮登記担保権の実行としてこれを被上告人に売渡したものであるから、被上告人は知事の許可を条件として本件田の所有権を取得するにいたつたものということができる。

もつとも、岡は戸井田に対し右売渡代金額と貸金債権との差額を清算金として返還し、戸井田はこれを上告人に返還すべきものである。原審認定の事実によると、右のような法律関係にあるものということができ、上告人と戸井田間の契約は、本件田について物上保証契約をしたもので有効であり、売買の通謀虚偽表示をしたものではないから、このような法律関係に民法九四条二項を準用することは相当ではない。以上のとおりであるから、原判決の説示は措辞必らずしも適切でないところもあるが、結局において、右の説示と同一に出たものというに妨げなく、相当である。上告人の掲記諸判例は適切ではなく、論旨は採用し難い。

よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条により、主文のとおり判決する。

(浅沼武 加藤宏 高木積夫)

〔上告理由書〕

第一、<省略>

第二、仮に上告人が戸井田に対し原判決御認定の如き包括的担保提供契約を為し、該契約に基き戸井田が(上告人との間に売買契約を締結しないで)農地法第三条の許可を停止条件とする売買契約に因る所有権移転請求権保全の為本訴農地に付仮登記を為したるものとするも、右仮登記及之に続いて為された戸井田及岡直一間の右請求権移転の附記登記並に岡及被上告人間の右請求権移転の附記登記には、民法第九四条第二項は類推適用せらるべきものでは無いにも不拘、原審が其の類推適用あるものとせられたのは右法令を誤解し之に違背するものであつて、右法律違背は本判決に影響を及ぼすものである。

右法令の誤解は左記諸判例、就中D判例の誤解に因るものである。

A、昭和二九、八、二〇昭二六年(オ)第一〇七号事件最高裁判所第二小廷、民集八巻八号一五〇五頁

B、昭和三七、九、一四最高第二小法廷、民集一六巻九号一九三五頁

C、昭和四一、三、一八最高第二小法廷、民集二〇巻三号四五一頁

D、昭和四三、一〇、一七昭和四一年(オ)第二三八号事件最高第一小法廷民集二二巻一〇号二一八八頁

一、不動産の売買に関する仮登記中には

1、売買契約は成立したけれども手続上の要件を具備しないもの

2、売買の予約は成立したが未だ本契約が成立しないもの

3、売買に因る所有権移転請求権が始期付又は停止条件付であるもの

等がある、

其の何れにしても売買は双務契約であり買主は同時履行の抗弁権を有するので、売主が所有権移転の本登記を為す迄は代金の支払を拒むことができる、従つて売買に関する仮登記の場合の大部分は未だ代金が未決済であり売買契約に因る債務の履行が未完了であると推測して差支へないのである。

之に反し売買に因る所有権移転の本登記の為されて居る場合には既に代金が決済せられ売買契約に因る双方の債務の履行が完了したものと推測して差支へないのである。

ここに於て売買に関する仮登記の場合と、売買に因る所有権移転の本登記の場合とでは、外観上之に対する取引社会の評価、即ち所謂レヒツシヤインに大きな差異があるのである。

二、前掲ABCD各判例は何れも不動産に付売買に因る所有権移転の本登記の為されて居る場合であつて、其の本登記を受けた所有名義人が実際は所有権を有せざるに不拘、所有権があるものと考え其者から不動産を買受けた第三者に対し、レヒツシヤインの理論に基き民法第九四条第二項を類推適用すべきものとする趣旨である。

三、尤も右判例の中Dの場合に於ては「被上告人盛永義夫との間に係争不動産に付き売買予約を結んだように仮装し、この売買予約を原因として仮登記を経由し」たのであるから、本件の場合に於て上告人が戸井田に対し本訴土地に付売買に依る仮登記をしたのと似ているけれども、D判例の場合は「盛永義夫」が不正な手段に依つてではあるものの、右仮登記に基く所有権移転の本登記を為したのであつて、右判例は「仮登記の外観を仮装した者が、其の外観に基いてされた本登記を信頼した善意無過失の第三者に対して、責に任すべき」であると述べているのである。即ち右判例は仮登記丈けでなく、之に基く本登記がある場合に本登記の外観――レヒツシヤインに重点を置いて、民法第九四条第二項第一一〇条を類推適用したのである、右と異なり仮登記を為した丈けで、未だ之に基く本登記の為されていない場合にも右法条を類推適用すると謂つているのでは無い。

四、星野英一氏は右D判例は仮登記を経由した所有権移転請求権が移転し其の附記登記が為された場合にも其の適用がある旨説いて居られる(法学協会雑誌八七巻五号六六頁)けれども、此の見解には前期第一の一に於て述べた理由に依り左袒し難いのである。

五、其所で本件の如く上告人及戸井田間に本訴農地の売買契約が締結せられなかつたにも拘らず、締結せられた様に仮装して、売買に依る仮登記が為された場合に於て、右仮登記の呈する、即ち形成する外観が他人に与える印象は、上告人及戸井田間に本訴農地の売買契約が成立し後日農地法第三条の許可があれば戸井田が右農地の所有権移転請求権を取得するであろうと云ふこと、右売買代金の支払が未済であると云ふこととである、前記D判例が本件の場合に適用されるものとすると、右外観に信頼して戸井田から所有権移転請求権を買取けた岡真一、及次で同人から右権利を買受けた被上告人が順次右外観相応する農地所有権移転請求権を取得すると共に外観に相応して代金債務を負担することに成るのである。

然し作ら現実には上告人及戸井田間には売買契約は成立しなかつたのであるから、売買代金額及未払代金額は幾何と為るのであろうか。

代金額及未払金額が定まらなければ、D判例を本件に適用しても本件の問題を解決することにはならないのである。

是れ上告人が前記各判例が本件の場合には適用なきものと考える所以である。

六、尚ほ又右D判例が本件の場合に適用せられ、被上告人は本訴土地の売買代金を上告人に支払はないでも、本訴土地の所有権(所有権移転請求権に非ずして)を取得することができるものと、解することはできない。

何となれば、D判例は法律事実の外観を信頼して取引を為した第三者に対し法律事実の外観に相応する法律上の保護を与える趣旨であつて、戸井田の得た仮登記の外観が他人に与える印象は前記の如く、戸井田に農地法第三条の許可があれば本訴農地の所有権移転請求権を取得するであろうと云ふことと、売買代金の支払が未済であると云ふこととに止まり、既に代金が決済せられ売買契約に因る双方の債務の履行が完了したと云ふことではないから、岡及被上告人に本訴土地の所有権を取得せしめ、以て右外観に相応しない過分の法律上の保護を与へることはできないのである。

第三、仮に前記D判例が仮登記のみであつて、仮登記に基く本登記の無い場合にも適用されるものとしても、D判例は第三者が善意無過失であることに付過失の無いことを要求して居るのである。

然るに原判決は第三者である岡直一が本件仮登記の原因である上告人及戸井田間の本訴農地売買契約が成立しなかつた事実を知らなかつたことに付過失の無かつたことを認定することなくして、換言すれば無過失であるか、どうかを不問に付して、直に右判例を本件仮登記に適用したのは、右判例及民法第九四条第二項第一一〇条に違背し、此の違背は判決に影響を及ぼすこと明らかである。

叙上の如く売買に因る所有権移転請求権保全の為に為された仮登記の場合は、売買代金の支払が未済であるのが普通であるから、岡直一及被上告人としては右権利の譲渡を受けるに先だち上告人を訪ね売買代金の額、代金の残額を聞くべきであつた、取引されるのは合計約二千平方米の農地の事で軽小な財産では無かつたし、岡・被上告人及上告人の各住所は隣接の市及町内に在つたことであるから、問合せをすることは極めて容易であつた、殊に岡の如きは自己名義に本件仮登記の附記登記を終つた直後上告人を訪ねているのである。

若しも岡及上告人が係争農地の取引を為すに先だち上告人を訪ねたならば、上告人が本訴土地を戸井田に売渡さなかつたに拘らず戸井田に於て不正な方法に依り本件仮登記を為したものであることが、判明した筈である。従つて岡及被上告人には右調査を怠つた点に付過失の責があるから、前記D判例は本件に適用せらるべきものでは無いのである。

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